
300万円かけて、家賃が1万円上がったら成功?
空室になった部屋を見て、「そろそろ思い切ってリノベーションした方がいいのかな」と考えることがあります。
築年数も経っていて、今までと同じように原状回復をして募集しても、以前のようには決まりにくい。クロスを少し変える程度では大きな違いも出しにくく、家賃を上げられるほどの変化にもなりません。
それなら、間取りを変えて、キッチンや洗面台も交換し、内装も今の暮らしに合うようにつくり直してみよう。そう考えて、300万円をかけて大規模なリノベーションをしたとします。
完成した部屋は、以前とは見違えるようになりました。古かった3DKが今風の2LDKになり、設備も新しくなっています。これなら家賃も1万円くらい上げられそうです。
ただ、ここで一度計算してみると、少し違った見え方をします。
家賃が月1万円上がれば、年間の増収は12万円です。家賃の増額分だけで300万円を回収すると考えれば、単純計算で25年かかります。
「それなら、300万円もかける意味はないのでは」と思うかもしれません。
でも、地主大家さんの賃貸経営では、話はそれほど簡単ではありません。大規模なリノベーションを、その一室の家賃アップだけで判断できないことがあるからです。
地主大家さんは、その一室だけを見ていない
築30年前後の賃貸マンションでは、建築時の借入が終盤に差しかかっていることがあります。もちろん修繕にはお金がかかりますが、返済負担が小さくなり、以前より手元にお金が残りやすくなっている大家さんもいます。
そして、この頃になると、もう一つ現実的な問題が出てきます。事業承継です。
築30年の物件を持っている大家さん自身も、その間に30年分、年齢を重ねています。
もともと土地を守るため、相続対策の一つとして始めた賃貸経営であれば、できることなら簡単に手放したくないと考える方も多いでしょう。しかし、年々難しくなる賃貸経営の市場環境や、息子や娘にかける負担を考えると、このまま継続するのが良いのか悩むことがあります。
賃貸経営を自分の代で終わらせるのか、子どもへ引き継ぐのか。あと10年、20年と続けるのか、それともどこかで売却するのか。そうしたことを考えなければならない時期と、建物に大きなお金が必要になる時期が重なってきます。
地主大家さんにとって、大きな工事は「この部屋に300万円を投資して、何年で回収できるか」だけの話ではありません。
この先も土地と建物を持ち続けるのか。次の世代へどんな状態で渡したいのか。今後必要になる修繕や手元資金、相続も含めて賃貸経営全体を見たときに、今ここでお金を使う意味があるのかを考えます。
その結果、一室だけを取り出せば回収に時間がかかる工事でも、「この物件をこれからも使っていくなら、今やっておいた方がいい」と判断することがあります。
反対に、売却するかもしれない、子どもが継ぐかどうかも分からない、そもそも今後も賃貸経営を続けるか決めていない。そんな状態であれば、300万円、400万円という大きなお金をかける判断はなかなかできません。
だからリノベーションを考えるとき、最初に決めたいのは間取りでも予算でもありません。
この物件を、この先どうしたいのか。
その方向が決まって初めて、大きな工事にお金を使う意味も見えてきます。
一室を見る前に、建物全体を見る
「この物件は今後も持ち続ける」と決めたとしても、すぐに空室のリノベーションへ進むとは限りません。
次に見たいのは、その一室ではなく建物全体です。
たとえば屋上防水がそろそろ限界にきているかもしれません。共用部の手すりがぐらついていたり、外壁タイルに浮きや剥がれがあり、落下のおそれがあったりするなら、まずそちらを直す必要があります。
室内のリノベーションによって直接恩恵を受けるのは、その部屋に住む一世帯です。一方で、防水や共用部の安全性、外壁の状態は、建物に住んでいる人全員に関係します。場合によっては、近隣や通行人にまで影響します。
また、外壁などの工事で足場を組むのであれば、同じように足場が必要になる場所をまとめて施工した方がよいこともあります。一度足場を組んだあと、数年もしないうちに別の工事でもう一度組むことになれば、それだけ余計な費用がかかるからです。
そう考えると、「300万円出せるから、この一室に300万円をかけよう」と単純には決められません。
これから建物全体にどんな工事が必要になるのか。その中で、今この一室をリノベーションすることの優先順位はどこにあるのか。手元のお金だけで足りるのか、場合によっては借入も使うのか。
一室ずつ切り離して考えるのではなく、建物全体と今後の賃貸経営を見ながら、お金を使う順番を決めていきます。
床まで剥がすなら、見えないところを残さない
建物全体を見たうえで、「今、この部屋をリノベーションしよう」と決めたとします。
リノベーション工事の企画を考えるのはとても楽しいです。
どんなキッチンにしようかな。どんな機能的な洗面台を取り付けようか。あそこの壁を壊して、広いLDKにしてはどうだろうか。せっかくだから、最近の新築に負けないおしゃれなデザイナー物件にするのがいいかもしれない。
見た目にすごくこだわりたくなります。
しかし、築25年、30年を超えた部屋で、床や壁まで剥がして間取りを変えるような大規模工事をするのであれば、ぜひ確認しておきたいのが給水管や排水管です。
古い建物では、現在とは違う配管方法が使われていることもありますし、古い材質の管が残っていることもあります。見た目はまだ問題がなくても、建物と同じように配管も年数を重ねています。
もし、せっかく床を剥がし、設備も内装も新しくしたのに、古い配管だけをそのまま残してしまったらどうなるでしょう。
5年後に漏水が起きれば、きれいにしたばかりの床や壁をもう一度剥がして工事することになるかもしれません。過去に漏水したことがある物件なら、なおさらです。
そのときになって、「あのとき全部剥がしたのに、なぜ配管まで見なかったのか」と思っても、もう一度工事をするしかありません。
給排水だけではなく、電気やガス、通信なども、壁や床を開ける大規模工事のときは整備しやすくなります。もちろん、そこまで工事範囲を広げれば、当初考えていた300万円では収まらなくなることもあります。
だからこそ、最初に「予算は300万円」と決め、その中でどこまで見た目を豪華にできるかを考える順番にはしない方がよいのです。
この建物をさらに10年、20年使い、次の世代にも引き継ぐつもりなら、床や壁を開けるこの機会に、配管などにも一緒に手を入れる意味があります。部屋をきれいにするだけではなく、次の工事まで安心して使える状態をつくることも、大規模なリノベーションの役割です。
見えない部分をどうするかを考えたら、次は、完成した部屋を誰に使ってもらうのかを考えます。間取りや設備は、そこから決めていく方が自然です。
誰に貸すのかを決めてから、間取りをつくる
大規模なリノベーションには、設備や内装を新しくするだけではなく、間取りそのものを変えられるという大きな特徴があります。
たとえば60㎡の3DKだからといって、もう一度同じファミリー向けの3DKにつくり直す必要はありません。
DINKS向けの2LDKにすることもできますし、一人でゆったり暮らしたい人に向けた大きな1LDKにすることもできます。同じ広さでも、誰に住んでもらうかによって、必要な間取りや収納、造作は変わります。
だから工事内容を決める前には、近隣の市場を一度調べておきたいところです。
最近できた新築の賃貸住宅は、どのくらいの広さで、いくらの家賃で募集されているのか。どんな設備が入っているのか。これからつくる部屋が、その新築と比べてどの位置に入るのかを見ます。
さらに、工事が完成する時期も無視できません。
春に募集できるのか、夏になるのか。秋なら人事異動で動く会社があるのか。その地域では、毎年どの時期に法人契約が動くのか。入居者市場は大家さんがコントロールできるものではないからこそ、その時々の動きを知ったうえで合わせていく必要があります。
こうしたことは、近隣の仲介会社に聞いてみると、募集図面やインターネットだけでは分からない話が出てくることがあります。
「秋になると、この辺りの会社から毎年問い合わせがありますよ」
そんな情報が分かれば、「では、その会社に勤める二人暮らしの世帯を想定してみよう」と、住む人の姿を具体的に考えられます。
誰に貸すのかが見えてくると、間取りや造作にも理由ができます。
住宅設備のカタログを見ながら「何を付けようか」と考えるのではなく、まず誰に、どんな暮らしをしてもらいたいのかを考え、その人に合う部屋をつくる。
その順番で考えた方が、完成してから「いい部屋にはなったけれど、この家賃を払って借りる人がいない」ということも避けやすくなります。
そして、誰に貸すのかが決まったあとで、ようやくキッチンや洗面台、造作などの具体的な仕様を考えていきます。ここでも、豪華さだけを追いかける必要はありません。
高い設備より、長く使えて直しやすい部屋にする
入居者に選ばれるためには、部屋の第一印象も大切です。せっかく大きなリノベーションをするのだから、見た目にも魅力のある部屋にしたいと思うのは自然なことです。
ただし、魅力的な部屋をつくることと、高価な設備を入れることは同じではありません。
キッチンや洗面台に注文住宅向けのハイグレードな設備を使ったり、珍しいメーカーの高価な商品を入れたりしなくても、一般的なメーカーの新しい設備で十分きれいで使いやすい部屋はつくれます。
その代わり、大工工事による造作などで少し工夫を加えれば、部屋の印象を変えることもできます。既製品を豪華にするより、ちょっとした棚や壁の見せ方や収納の作り方の方が、その部屋らしさにつながることもあります。
ただ、ここでも賃貸住宅であることは忘れたくありません。
賃貸住宅には入退去があります。一度つくったものは、一人の入居者のためだけではなく、その次、そのまた次の入居者にも使ってもらいます。
汚れが落としにくいものや、クロスを張り替えにくい複雑な形、壊れたときに同じ部材を用意しにくい特殊な設備は、次の原状回復で思わぬ負担になることがあります。
完成した瞬間におしゃれに見えることだけではなく、数年後に傷んだときに直しやすいか、次の入居者にもそのまま使えるかまで考える。
見た目がよく、長く使えて、直しやすい。
賃貸住宅のリノベーションでは、その三つを一緒に考える方が、結果として物件の価値を長く保ちやすくなります。
「この300万円を、今ここに使うのか」と考える
大規模なリノベーションには、まとまったお金がかかります。だから、家賃がいくら上がるのか、工事費をどのくらいで回収できるのかを確認することはもちろん大切です。
ただ、地主大家さんにとって、それだけが工事を判断する物差しとは限りません。
この先も土地と建物を持ち続けたいのか。次の世代へ引き継ぎたいのか。その物件をあと10年、20年使うつもりなのか。
そこまで含めて考えると、今の空室をきれいにすることより先に建物全体で直した方がよい場所が見えてくるかもしれません。反対に、建物全体の状態を確認したうえで、今だからこそ間取りも配管もまとめて手を入れる意味があると分かることもあります。
リノベーションの見積書を取ろうと思ったときは、その部屋だけを見るのを一度やめて、建物全体を眺めてみてください。
この先も賃貸経営を続けるなら、これから建物にどんなお金が必要になるのか。その中で、今この部屋にお金をかける順番なのか。そして、工事をするなら誰に貸し、どんな状態で次の世代へ渡したいのか。
そこまで考えたうえで、
「この300万円を、今この一室に使うことが、賃貸経営全体にとってよいのだろうか」
と考えてみる。
リノベーションにいくらかけるかは、工事費の見積書だけを見ても決まりません。
まず、この建物をこの先どうしたいのかを決める。
その方向が見えてくれば、どこにお金を使い、どこには使わないのかも、少しずつ決めやすくなってきます。


