同じ方向へ続く、平らに保たれた道と段々に下がり傷んだ道を対比したイラスト
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家賃を2,000円下げるか、10万円使うか

退去が出て、次の入居者を募集することになった。原状回復をしてそのまま募集することもできるけれど、周辺の物件と比べると、設備が少し見劣りしている。エアコンやTVモニターホン、温水洗浄便座など、近隣では当たり前になっている設備が自分の部屋には付いていないこともあります。

管理会社から「今のままでは少し決まりにくいので、2,000円くらい家賃を下げてみませんか」と言われることもあるでしょう。一方で、家賃を維持しようと思えば、原状回復とは別に設備や内装へ何万円か追加でかける必要があります。

目の前の一回だけを比べれば、10万円を追加で使うより、家賃を2,000円下げて早く入居してもらった方が負担は小さく見えます。実際、空室が長引きそうな時期なら、少し家賃を下げてでも決めた方がよい場面はあります。

ただ、入居募集は今回だけで終わるわけではありません。考えておきたいのは、その2,000円が今回だけのものなのか、ということです。

小さな値下げは、何年もかけて積み重なる

一度2,000円下げて入居が決まったとしても、次の退去で簡単に元の家賃へ戻せるとは限りません。設備や内装を前回とほとんど変えなければ、次の募集ではその下がった家賃を基準に考えることになります。

そこでまた決まりにくければ、次の募集でも1,000円、2,000円と下げるかもしれません。実際の募集では、一度に大きく値下げするというより、こうした小さな調整を繰り返していくことの方が多いでしょう。

一室だけを見ていると、2,000円はそれほど大きな金額には見えません。しかし、同じことが何度も続き、複数の部屋で重なれば、物件全体の家賃収入はじわじわと目減りしていきます。毎回の募集では「今回もこれで決まった」と一区切りついていても、5年、10年という時間で見ると、以前とは家賃水準そのものが変わってしまうのです。

その頃になって「やっぱり家賃を上げたい」と思っても、そこから一気に元の水準へ戻すのは簡単ではありません。

あえて極端な例で、10年間を比べてみる

ここで、毎回の小さな判断が長い時間でどのような違いになるのか、あえて単純化した例で考えてみます。

家賃7万円の部屋があり、2年ごとに退去するとします。

一方は、退去のたびに通常の原状回復とは別に10万円を追加で使い、近隣の競合物件と比べて不足している設備や内装を少しずつ補います。その結果、10年間、家賃7万円を維持できたと仮定します。

もう一方は追加工事をせず、退去のたびに家賃を2,000円ずつ下げて入居を決めるものとします。

もちろん、現実には2年ごとに必ず退去するわけではありませんし、10万円かければ必ず家賃を維持できるわけでもありません。反対に、何もしなければ必ず2,000円ずつ下がるわけでもありません。ここでは、二つのお金の使い方の違いを見やすくするための、少し極端なシミュレーションとして見てください。

期間退去ごとに10万円追加する場合追加せず家賃を下げる場合
0〜2年70,000円70,000円
2〜4年70,000円68,000円
4〜6年70,000円66,000円
6〜8年70,000円64,000円
8〜10年70,000円62,000円

退去のたびに10万円を追加した場合、10年間に行った追加投資は4回、合計40万円です。家賃を7万円で維持できたとすると、10年間の家賃収入は840万円になります。

一方、2年ごとに2,000円ずつ家賃を下げた場合、10年間の家賃収入は792万円です。追加工事にはお金を使っていませんが、その間に受け取る家賃には48万円の差が生まれています。

この例では、40万円を追加投資したことで、10年間の家賃収入は48万円多くなりました。では、追加工事を見送ってきた部屋に、あとからまとめてお金をかければ、同じところまで戻せるのでしょうか。

10年後に50万円使えば、同じところへ戻れるのか

10年後に次の退去が来たとき、少しずつ手を入れてきた部屋にも、もう一度10万円を追加するとします。これで追加投資は累計50万円になります。

一方、これまで追加工事をせず、家賃を少しずつ下げてきた部屋は、この例では6万2,000円になっています。そこで初めて「そろそろ設備も古くなってきたし、まとめて手を入れよう」と考え、50万円の追加工事をしたとします。

これで追加投資額だけを比べれば、どちらも50万円です。

しかし、10年間7万円を維持してきた部屋と、6万2,000円まで下がった部屋に50万円をかけた場合とでは、出発点が違います。6万2,000円の部屋を再び7万円で募集しようとすれば、8,000円高くても選んでもらえるだけの違いをつくらなければなりません。

照明を交換したり、TVモニターホンを付けたりするといった小さな更新だけでは、8,000円の家賃の値上げは難しいかもしれません。キッチンや浴室、洗面台、トイレなど、費用の大きな部分まで手を入れる必要が出てくれば、50万円では足りないことも考えられます。

つまり、追加投資を後回しにした場合には、10年間で家賃収入の差が生まれるだけではありません。建物や設備もその間に10年分古くなり、下がった家賃水準を取り戻すために、あとからより大きなお金が必要になる可能性があります。

家賃は、下がってから元へ戻すより、できるだけ下がりにくい状態をつくっておく方が、少ない負担で済むことがあります。

退去のたびに、少しずつ次の募集へ備える

だからといって、退去のたびに大きなリノベーションをする必要はありません。

考えたいのは、そのときの近隣物件と比べて、自分の部屋に何が足りなくなっているかです。周りにはエアコンが付いているのに自分の部屋にはない、TVモニターホンや温水洗浄便座が一般的になってきた、照明や水栓、シャワーなどが古く見える。そうした小さな差であれば、原状回復のタイミングに合わせて少しずつ補うことができます。

こうした設備は、そのときの入居者が退去したら使えなくなるものではありません。次の募集でも、その次の募集でも使えます。退去のたびに少しずつ手を入れていけば、何もしていない部屋に比べて、建物の中身も少しずつ更新されていきます。

例えば同じ10万円を使うとしても、広告費のような今回の募集だけで使い切るお金と、次の募集にも残るものへ使うお金では、その後への効き方が違います。

大切なのは、設備を豪華にすることではありません。周辺の物件と比べて大きく見劣りしない状態を保ち、「家賃を下げないと選ばれない」という状況になる前に、少しずつ手を入れておくことです。

家賃を下げること自体が悪いわけではない

もちろん、家賃は何があっても維持しなければならないというわけではありません。

たとえば、人が動きにくい真夏や冬に空室が続き、問い合わせも内見もほとんどないとします。このままでは次の繁忙期まで3か月、4か月空くかもしれないというときに、「1,000円下げてもらえれば入居したい」という人が現れたなら、少し下げて今決める方が合理的なこともあります。

家賃7万円なら、1,000円の値下げは年間1万2,000円です。一方で、3か月空室が続けば、その間に入ってこない家賃は21万円になります。実際の判断には入居期間や募集条件なども関係しますが、このような場面であれば、家賃を守ることだけにこだわる必要はないでしょう。

問題なのは、値下げそのものではありません。

「あと2,000円下げれば決まるから」と毎回同じ判断を繰り返し、その小さな値下げが何年先まで続くのかを見ないままにすることです。

「今回いくら使うか」だけでなく、10年後まで広げて見る

退去が出たとき、原状回復に加えて10万円を使うのか、それとも2,000円家賃を下げるのか。その場だけを見れば、金額の小さい方を選びたくなるのは自然です。

けれど、賃貸経営では、その判断が次の募集にも、その次の募集にもつながります。

今回下げる2,000円が、次回以降の家賃にも影響するとしたらどうなるのか。今使う10万円で付けた設備が、5年後にも使えるとしたらどうなのか。何もしないまま10年たってからまとめて直す場合、同じ家賃まで戻すにはどのくらいの工事が必要になるのか。

一回の募集だけではなく、少し先まで時間を広げて見ると、同じ2,000円や10万円でも意味が変わってきます。

賃貸経営の収益力は、大きな判断を一度しただけで急に変わるとは限りません。むしろ、退去のたびに繰り返す小さな判断が積み重なり、何年もかけて少しずつ変わっていきます。

家賃が大きく下がってから元へ戻そうとするのではなく、次の募集でも今の家賃水準で選んでもらえる状態を、その都度少しずつ残していく。

次の退去が出たときは、「今回はいくら使えばいいか」だけでなく、その判断が5年後、10年後の家賃収入にどうつながるかまで、一度広げて考えてみてはいかがでしょうか。