
「けどさ」の先が届かない
子どもから、ふいに聞かれたことはないでしょうか。
「アパートって、儲かってるの?」
正直に答えたつもりでした。
「うーん、そうでもないよ。入金は月80万あるけどさ……」
この「けどさ」の先には、続きがありました。そこから運営の費用が出ていって、ローンの返済があって、税金もある。だから思っているほど残らないんだ、と。
ところが、その先を言う前に、返事がかぶさってきます。
「えっ、そんなに入ってくるの。親父、ずっと家にいて、そんなに稼げていいなあ」
そして話は、次の話題へ流れていきました。
嘘は、ひとつもついていません。「収入」ではなく「入金」という言葉を選んだのも、そこそこ考えてのことでした。それでも家族の中に残ったのは、「うちは月80万入ってくる家」という印象のほうです。訂正するタイミングも、そのまま逃してしまいました。
悪気があったわけではありません。子どもは、大きな数字に素直に反応しただけです。こちらも、控えめに答えたつもりでいました。
それでも、「80万」という額だけが強く残り、その先にある支出や返済の話は届きませんでした。正確な数字を伝えたつもりでも、家族が受け取った経営の姿は、実態とは違っていたのです。
では、なぜ正直に答えたのに、うまく伝わらなかったのでしょうか。
家族に伝えたいのは、家賃の額ではなく経営の姿
先に結論を書くと、家賃の額を正確に伝えるだけでは、賃貸経営の実態はなかなか伝わりません。
家族に見せたいのは、毎月いくら入ってくるかという数字だけではなく、そこから何が出ていき、最後にどれくらい残るのかというお金の流れです。まずは「入って・出て・残る」を一枚にまとめることで、家賃がそのまま自由に使えるお金ではないことが見えやすくなります。
ただ、それだけでも十分ではありません。現在の数字に至るまでに何があり、これから何が起こりそうなのか。そして、どのような考えで物件を守り、経営を続けてきたのか。そうした流れや思いまで添えることで、家族は数字を単なる金額ではなく、賃貸経営の一部として受け取りやすくなります。
なぜ家賃の額だけでは違う意味で伝わってしまうのか。そして、なぜ家族には本当のところを話しにくいのか。まずは、そのふたつから見ていきます。
「入金80万円」は、家族には「使える80万円」に見える
誤解されたのは、家族が不動産に詳しくないからだ。そう受け止めていた方は、少なくないと思います。たしかに、それもあります。ただ、それだけではありません。
勤め人の家族の多くは、給料の感覚でお金を見ています。給料は、社会保険料や税金が引かれて振り込まれます。たくさん引かれるなあ、と不満に思うことはあっても、振り込まれた額が、そのまま家計で使えるお金に近いからです。
けれど、家賃は給料ではなく、賃貸経営の売上です。そこから運営の費用が出て、ローンの返済が出て、税金が出ていき、最後に残ったものが手元のお金になります。
この違いがあるため、「入金は月80万円」と聞いた側の頭の中では、いつの間にか「月80万円を使える」という話に変わってしまいます。「収入」ではなく「入金」という言葉を選んでも、その違いまでは伝わりません。入ってくる額と、最後に残る額。その間に何があるのかが、まだ見えていないからです。
棟数や戸数が増えるほど、この差は分かりにくくなります。一棟だけなら「家賃がいくらの部屋が何室」と、おおよその見当をつけられても、物件が複数になれば、聞いている側にはもう概算もできません。結果として、総額の大きさだけが印象に残ります。
「それなら、通帳を見せればいい」と考える方もいます。実際のお金の記録なのだから、誤解のしようがないようにも思えます。
けれど、通帳に並んでいるのは、入金と出金の履歴です。どの入金がどの物件の家賃で、どの引き落としがローンの返済で、どれが預かっているだけの敷金なのか。通帳は、一行も説明してくれません。
載っている数字はすべて本当でも、賃貸経営のお金がどう流れているかまでは読み取れない。通帳は一次資料ではあっても、家族に経営を伝えるための説明資料にはならないのです。
それに、正直なところ、通帳を眺めても、自分の賃貸経営がうまくいっているのか分からない、という大家さんもいます。自分でも流れを読み取れないものを見せて、家族だけが正しく理解するということは、あまりありません。
ここまでが、数字の受け取られ方の違いです。けれど、家族との間にあるのは、知識や感覚のズレだけではありません。
家族だからこそ、本当のところが言いにくい
数字の受け取られ方が違うなら、きちんと説明すればよさそうにも思えます。ところが、相手が家族になると、その説明自体がなかなかできません。
銀行や管理会社、税理士が相手なら、「今年は修繕が重なった」「返済を引くと、それほど残っていない」と、数字を並べて話せます。経営の状況を伝えることが、そのまま仕事の話になるからです。
けれど家族を前にすると、同じことが急に言いにくくなります。
「思っているほど、うまくはいっていない」 「この先、少し心配なこともある」
そんな言葉を口にすると、経営の話だけでは済まないような気がしてしまいます。心配をかけたくない、弱っていると思われたくない、これまで自分なりにやってきたことを否定されたくない。理由は人によって違いますが、家族だからこそ、数字の後ろにある本当のところを言いよどむことがあります。
冒頭の「けどさ……」にも、そうした気持ちが少し含まれていたのかもしれません。本当は続きを話したかった。けれど、どこから説明すればよいか分からず、相手の反応を見ているうちに、そのまま話が流れてしまった。
家族の側にも、事情があります。親の賃貸経営について詳しく聞くことを、どこか遠慮しているかもしれません。子どもは子どもで、自分の仕事や暮らしはきちんとやれていると見せたい。けれど、親と感情的にならずに経営の話ができるかは自信がない。互いが少しずつ気を使ったままでは、腹を割った話にはなりにくいものです。
その結果、「いつか、ちゃんと話そう」と思いながら、時間だけが過ぎていきます。そして相続などの避けて通れない場面になって初めて、家族が返済の残りや物件の実情を知ることになります。
ただ、その本当のところを面と向かって話そうとすると、やはり気が重くなります。だからこそ、まずは話の土台になるものを、目に見える形にしておく必要があります。
まずは「入って・出て・残る」を一枚にする
家賃の額が、家族の中で「自由に使えるお金」に置き換わってしまう。数字の受け取られ方の違いを埋めるには、口で説明を重ねるよりも、お金の流れを一枚にして見せるほうが伝わります。
見せる数字は、細かくなくて構いません。
たとえば、次のようにまとめます。
- 入って:家賃収入 960万円(月80万円)
- 出て:運営の費用 220万円/ローンの返済 240万円/税金 200万円
- 残る:300万円
おおまかで構いません。「入って・出て・残る」、これだけです。
「家賃は月80万円」とだけ聞いたときと、この一枚を見たときとでは、受け取る印象が大きく変わります。
月80万円という数字だけなら、「ずいぶん余裕がある」と感じるかもしれません。けれど、年間では960万円が入り、運営費や返済、税金が出て、最後に残るのは300万円だと分かれば、家賃がそのまま使えるお金ではないことが見えてきます。
ここで大切なのは、正確な収支表を作ることではありません。家族に伝えたいのは、細かな勘定科目ではなく、入ってきたお金がどのように出ていき、最終的にどれくらい残る経営なのか、という全体像です。
そのため、数字をまとめるときは、次の3つを意識します。
期間は一年で見る。 月ごとの数字は、入退去や一時的な出費によって大きく動きます。一年でまとめたほうが、お金の流れをつかみやすくなります。
出ていくお金は、大づかみにまとめる。 運営の費用、返済、税金。この程度の分け方で十分です。細かく正確にするほど、説明する側も、聞く側も、全体を見失いやすくなります。
数字の理由まで、一度に説明しない。 なぜ返済がこの額なのか、税金がどう計算されているのかまで話し始めると、今度は仕組みの説明が主役になります。まずは、お金の流れの全体が見えるところまでで構いません。
この一枚を先に見せておけば、家賃の額だけが独り歩きしにくくなります。入ってくる額と、最後に残る額の間に何があるのかが、ひと目で分かるからです。
ただし、数字だけで伝わるのは、経営の現在地までです。
その物件を、これまでどのように守ってきたのか。これから何が起こりそうなのか。そして、自分はどんな考えで経営を続けてきたのか。家族との間にある、もうひとつの言いにくさを越えるには、数字の横に、そうした流れと思いも添える必要があります。
数字の横に、これまでの流れと思いを添える
一枚にまとめた数字が見せてくれるのは、あくまで今の姿です。
同じ「残る300万円」でも、その数字に至るまでには、物件ごとの経緯があります。数年前に大きな修繕をした物件もあれば、空室が続いた時期を、設備の入れ替えや募集方法の見直しで乗り越えてきた物件もあります。管理会社を変えるのではなく、長く付き合いながら少しずつ関係性を深め、運営を整えてきた、ということもあるでしょう。
そうした出来事を一言添えるだけでも、家族は目の前の数字だけで経営を判断しなくなります。現在の収支が、これまでの経営の積み重ねの上にあるものだと分かるからです。
同じように、これから起こりそうなことも簡単に伝えておきます。そろそろ次の大規模修繕を考える時期に来ていることや、給湯器が何台かまとめて交換になるかもしれないこと、ローンの返済があと何年残っているか。金額まで細かく詰めなくても、今後の見通しが少し分かれば、現在の数字は単なる結果ではなく、経営の途中にある数字として見えてきます。
そして、過去の出来事や将来の予定と一緒に、自分がどのような考えで賃貸経営を続けてきたかも添えておきたいところです。
たとえば、大きく増やすことよりも、今ある物件を長く守ることを優先してきた。家族に重い負担を残さないよう、借入を増やしすぎないことを大切にしてきた。多少手間がかかっても、入居者に長く住んでもらえる物件にしたいと考えてきた。立派な経営方針に仕上げる必要はなく、判断するときに大切にしてきたことを、自分の言葉で一、二行書けば十分です。
経営の数字を家族に見せることは、自分の弱い部分まで見せるようで、少し身構えるかもしれません。けれど、数字だけを切り取らず、これまでの流れと、自分が何を大切にしてきたのかを添えて伝えれば、それは弱みをさらす資料ではなく、この物件をどう考え、どう経営してきたのかを伝える資料になります。家族との間にある言いにくさは、そうやって越えていけます。
一枚を見せたあと、家族の質問が変わる
この一枚を見せたあとの会話を、少しだけ想像してみてください。
それまで「アパートって、儲かってるの?」と聞いていた家族が、「今の管理会社の担当者ってどんな人なの?」「修繕は、今どのぐらい終わってるの?」と聞くようになるかもしれません。さらに話が進めば、「この物件を、これからどうしていきたいと思っているの?」という問いも出てくるでしょう。
質問が、家賃の額から、物件の状態や今後の方針へ変わる。それは、家族が賃貸経営を「毎月お金が入ってくるもの」ではなく、支出や返済があり、これまでの経緯とこれからの見通しを持つ経営として受け取り始めたということです。
最初から、すべてを詳しく説明する必要はありません。まずは一枚を間に置いて、そこから出てきた質問について、少しずつ話していけば十分です。一度で完璧に引き継ぐための資料ではなく、これまで話しにくかったことを、家族と話し始めるための土台として使います。
修繕の経緯や管理会社との関係など、お金以外に残しておきたい情報の全体像は、別の記事にまとめています(子どもに迷惑をかけたくない大家さんが整理したいこと)。「残る」がなぜこの額になるのか、お金の流れそのものを詳しく見たい方は、こちらから確認できます(満室なのにお金が残らない?家賃収入だけでは見えない経営の余力)。
正確な数字を伝えただけでは、賃貸経営の姿まで伝わるとは限りません。数字と、その後ろにある流れや思いを一緒に見せることで、家族との話は、金額の話から経営の話へ変わり始めるのです。


